昨日に続いて『新記号論』についての覚え書きです。
昨日の記事で、理解できない部分も多かったと書きましたが、本書の中で「一般文字学」というものを構想するくだりの中で紹介される「ヒトはみな同じ文字を書いている」という理論は非常にわかりやすく、かつ刺激的でした。僕が本書を知ることになった新聞紙上の書評でも、フォーカスされていた部分です。
「ヒトはみな同じ文字を書いている」とはいったいどういう意味なのかと皆さん思うでしょう。「アルファベットと漢字が同じ文字なわけがないだろう」と。ところが実は同じなのです。
世界中には様々な文字が存在します。アルファベット、アラビア文字、漢字、ハングル、かな・・・・それぞれ全く異なるものに見えます。しかし、それらの文字を「文字素」と呼ばれる、3ストローク以内で書ける36種類の基本要素に分解したうえで、さまざまな文字システム内における各文字素の出現頻度を調べると、どの文字システムでもほぼ同じような頻度分布を示すのです。つまり、文字素のレベルでは、アルファベットもアラビア文字も漢字もかなも、みな同じなのです!
↑「文字素」の一部
もっと驚くのはこれからです。文字素のパターンは文字だけでなく、僕たちが生きている現実世界にも存在しています。身の周りを見渡していただければ、物の輪郭や結合部に「L」や「T」「K」のパターンが存在していることに気付くはずです。これらは僕たちが現実世界を認識する上での識別要素になっています。この現実世界に出現している識別要素の出現頻度を調べた結果、なんと、上で述べた、さまざまな文字システムが共通して示す文字素の出現頻度とほぼ一致するのです!
つまり、人間は、自分たちの周りの世界に存在する識別要素を、同じ出現頻度で用いて組み合わせることで文字を作ってきたということです。「でも、日本のかな文字はゼロから作られたわけではなくて、漢字を変形させて作ったんだから、現実世界の識別要素は関係ないのでは?」と思う方もいるかもしれません。この疑問とそれに対する答えは本書では触れられていませんが、僕がかわりに答えるとすれば、「漢字を変形させてかな文字が作られる過程で、現実世界の識別要素の出現頻度をまねるように収斂されていったのだろう」ということです。
では、なぜそんなことになるのか。脳内イメージング技術による観察の結果、人間の脳は、自然界の特徴を見分けるシステムと同じ領域を使って文字を見分けていることが明らかになっています。つまり、自然界(現実世界)の空間的識別を扱う領域を、文字を見分ける活動に「転用」しているのです。上で述べた奇跡のような現象も、このような転用がもたらす必然の結果ということになります。
どうです?興奮しませんか?
共著者の石田さんは、このような最新の科学的知見を人文学と出会わせ、それに応答するような人文学を作り上げていかなければならないと述べておられます。
そういうコンビネーションをつくるセンスを人文学者は持つべきです。一生フッサールを読んでいれば、フッサール学者としてやっていけるような訓詁学的な態度ではダメで、フッサールの知見とドゥアンヌの知見をどう組み合わせられるか。これからの人文科学には、そういう発想が求められていくと思います。
僕自身も、漠然と、これからの人文学には「メタ学問」としての役割がいっそう求められるのではないかと考えていて、石田さんのこの発言には共感できます。
人文学不要論を叫ぶような人にこそ、この本は読んでもらいたいものですが、たぶん、そういう人の「レコメンド」にこの本が上がってくることはないのでしょうね。もっとも、僕自身、「理転」した人間なので、人文学や文系学問の価値や意義について偉そうに語る資格はないのですが。
余論
ここからは、上述の「ヒトはみな同じ文字を書いている」に関連した僕の思いつきです。
上で述べたとおり、アルファベットも漢字もかなも、文字素の出現頻度分布はほぼ同じです。では、現存しない、過去に滅んでしまった文字はどうなのでしょうか。たとえば契丹文字や西夏文字、女真文字など、支配者の命令によって作成されたものの、本当の意味で普及することなく、国家の滅亡とともに滅んでいったような文字たちです。これらの文字においても、文字素の出現頻度分布は、現存の諸文字と同様に、現実世界における識別要素の出現頻度分布と一致するのでしょうか。
ひょっとすると、これらの文字の場合はそうではないのかもしれない、だからこそ滅んでしまったのではないか。つまり、自然界(現実世界)の空間的識別を扱う脳の領域を、文字を見分ける活動に転用しにくい文字システムだったから滅んでしまったのかもしれません。そういった文字システムが淘汰され滅んでいったからこそ、現存する諸文字においては、文字素の出現頻度分布がみな一致するのではないか、というのが、僕の思いついた仮説です。つまり、「同じでない文字は滅んでいった」からこそ、現在は「ヒトはみな同じ文字を書いている」というわけです。
今のところ、この仮説はただの妄想ですが、誰か検証してくれないでしょうかね。東洋史の学生とか、卒論のテーマになると思うんですが。西夏文字における文字素の出現頻度分布を調べる・・・作業的に少し面倒かもしれませんが、どういう結果になっても、それなりの結論にまとめることができるので、あまり悩まずに書き上げられそうな気がしますよ。僕に時間があれば、趣味でやってみたいくらいです。
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