文芸評論家の山本健吉から、「よほどの寒がりであろう」と書かれたのが、俳人富安風生(とみやすふうせい)である。その人が詠んだ<きびきびと万物(ばんぶつ)寒に入りにけり>の句を目にすると、きんと張り詰めた空気そのものに触れたような気がする
▼風生には<寒といふ恐ろしきものに身構へぬ>もあり、このところ毎朝寝床からはい出るときの心構えを思わせる。寒に入ったことを痛感する気候が続いている。外出の際にニットの帽子が欠かせなくなった
▼あんなにうっとうしかったマスクも、その暖かさがありがたく思えるほどである。最低気温が零度を少し下回る。その程度で弱音を吐くなんて、との声がどこからか聞こえてきそうだ。きのうは列島各地で寒さの記録が更新された
▼岩手県は宮古市で零下24·1度、奥州市で零下19·9度まで下がった。「雪がすっかり凍って大理石よりも堅くなり······」。岩手県に生まれ育った宮沢賢治の童話「雪渡り」を思い出す。2人の子が凍った雪の上を遠くまで渡っていく話である
▼「堅雪(かたゆき)かんこ、凍(し)み雪しんこ」と口ずさみながら森にたどり着き、狐(きつね)の子に出会う。仲良しになり、雪が凍ったらまたおいでと誘われる。小さな子の遊び相手だったり、暮らしに立ちはだかる障害だったり。車がまたも立ち往生したとのニュースに気をもむ
▼<大寒と敵(かたき)のごとくむかひたり>。これも風生の作。そこまで腹をくくれば寒さも減じるか。極寒は、春遠からじの合図でもある