朝日のトランペット

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きらびやかな夜の残光が、緑の葉っぱの上で、くるりんと朝露になり、丸く粒をつくる時間帯に。
つまりは、夜中ずっと起きていた夜更かしが、眠りについた後。
早起きな人たちが、目を覚ます少し前に。

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ボクは、父さんの運転する車で、ラジオから流れるジャズを聴いている。
朝か夜か?と訊かれると、もう、朝だと答えるだろうけれど、ボクはまだ夜の余韻を引きずって、眠たい頭で窓の外を見ている。
父さんは、そんなボクを横目で見て車のパワーウィンドウをゆっくり操作した。
かすかにほほ笑んだのかな?父さんの表情はよく見えなかった。
車の窓がゆっくりおりていく。
冷たい風が、髪の毛から下向きにふいてきて、ボクは反射的に瞬きを三回した。目が少し乾いた。
夜通し車を走らせていたのか、それとも、どこかで仮眠をとったのだろうか?父さんはじっと前を見て車の運転に集中している。助手席に座るボクは、ついさっき目を覚ましたところだ。
開いた窓からボクは、犬みたいに顔を突き出して、外の空気を吸い込む。窓から朝の冷たい空気が入ってきて、車内の少しぬくもった空気と入れ替わっていく。
目が覚めたボクと父さんは、知らない街から、行きたい街へと向かう。車のラジオからはトランペットの真ちゅう色のフレーズが少し大きめの音で聞こえる。
あぁ コーヒーが飲みたくなる朝だ。
朝日のまぶしさにちょっとやられてボクは、朝もやの中で一つくしゃみをした。
突然のおかしなくしゃみにボクたちは、互いにクスクス笑いあう。
走る車の中では、昔のジャズが流れている。トランペットの少しくすんだゴールドを、そのまま音にしたようなフレーズが耳に心地いい。
青く澄んだ朝に、白く立ち込めるもや、そして、少し湿り気のある緑の草っぱら。デコボコ黒いアスファルトの道は、ボクらをこの星の上どこまでも、どこまでだって連れていくだろう。
いつか誰かが言った言葉をふと思い出した。
「気を付けないと、オマエが立っているこの道は、オマエの事を行ったこともなく、見覚えもない場所に連れてってしまうぞ。」
車は走る。
ボクたちは、まだ、お互いに黙ったままだ。静かな空間を共有しているときの、ほどよく心地いい無言をボクたちは楽しんで味わっている。
ボクは……。なんていうのかな?ボクは、父さんと旅をしている。
ボクたちは、それぞれ自由に旅をしている途中だ。目的地ははっきりしないけど、目的地のはっきりした旅っていうのは、なかなか、なんだかつまらないと思う。
旅の目的はあるのだろうか?
思い返すけど、どうもはっきりとしない。
こんな、静かな朝日に照らされて、思わずくしゃみをして、コーヒーが飲みたいな、なんて思うコト。それがもう父さんとボクの旅の目的なのかもしれない。
ボクらを乗せた車は、タイヤを転がして進んでいく。
一日の始まりには、ラジオを聞いてみるといい。
特にジャズは別格だ。
いま、朝日のトランペットがボクらの今日にしみこんでいく。

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